「判断力をきたえれば、仕事は上手くいく」←いやいや、これクソでしょ

判断

こんにちは。佐治なじむです。

仕事のあらゆる場面で判断力が必要

人間は1日に○万回判断をするから、判断力こそが人生を決める

夕食のメニューなどの小さな決断から練習して、判断力の質を高めよう

…みたいな文章、読んだことありませんか?

ぼくも、啓発本とかでこれまで何度もみた気がします。

 

ここでいう判断力って、「判断の精度」みたいなことを言ってますよね、きっと。

でも、ぼくはこの「判断の精度」というのは結構どうでもいいと思う。

 

だって、正しい判断なんてできるわけないじゃん

判断は、いちかばちかの二者択一ではない

「判断」って聞くと、なんか「二者択一」って感じがしませんか。こんなふうな。

二者択一

 

でも、なにか目標とか目的があるから判断をするわけじゃないですか。(改めて書くとあたりまえだけど)

なので、絵にするとしたら実際はこうじゃないかと。

葉っぱによる判断

葉脈ひとつひとつが「判断」

ここでは、葉脈ひとつひとつ(葉っぱのしわ)が「判断」ってことにしてください。

 

たとえば、「次に聞く曲」を決めるくらいなら、ズドンと一回の判断でいけますよね。

音楽EXILEにしよ

 

でも、たいていのタスクは何回か判断・選択しないと達成できない。

受注10件に要する判断

 

さらには、目標って曖昧なことも多くて、それゆえその判断が「最短距離」とは限らない

モテるための判断

ただこの場合、一応「モテる」という目標を見据えながら判断しているので、

葉脈に沿って判断を重ねる

そこからなんとか軌道修正できたりする(爪など、身だしなみ全体を整える etc)

ファッションからの微調整

 

また、全く違う方法でアプローチしてみる(恋愛工学の勉強)という判断もできる。

新たな選択肢、恋愛工学

 

こんな感じで、目的地をみすえながらトライアンドエラーを繰り返すことで(=葉脈をうろうろすることで)いつか目標地点にたどり着く、っていうのが現実世界に近いんじゃない?って思います。

というか、目標にたどり着くまで何が最短ルートなのか分からんのだから、トライアンドエラーはもはや必然じゃないですか?

 

以上をまとめると、判断のキモは「早さ」と「回数」

以上をまとめると

  1. 判断は目標ありき
  2. 何回判断してもいい
  3. 目的を達成するまで最短ルート(最良の判断)は分からない

 

なので、目標がある程度しっかりしてればあとはトライアンドエラーの回数がものを言うと思うんです。

言い換えれば、「1回の判断の精度」なんてものはどうでもいい。

いかに素早く、いかに何度も判断を繰り出せるか

もう、これに尽きるかと。

すぐ判断する

これが、冒頭の「判断の精度」不要論の理由でした。

なので、あなたもポンポン決断しちゃいましょ。

決断が合ってるかどうかはそのあと分かるんだし。

しかも、葉っぱは無限にあるんだし。

 

とはいえ、ポンポン判断できないこともあるよね

とはいえ。

たまには、本当にたまには、すぐに判断できないようなこともあると思うんです。

例を探してきました。

 

「終末のフール」の富士夫の決断

終末のフールっていう伊坂幸太郎の短編集があるんですけど、その中のひとつの話を紹介させて下さい。

〜あらすじ〜

第二章の主人公、富士夫は、妻が妊娠したことを知ります。

ただ問題は、3年後に小惑星の衝突によって人類が滅亡することが分かっているということ。

子供を産むべきかどうか。

富士夫は決断を迫られます。

ちなみに富士夫くんは、昔からめちゃくちゃ優柔不断な人(笑)

 

まあ、さすがにこれはパッと決断できないですよね。

でも、最後の最後、ついに富士夫くんは産むかどうかの決断をして、奥さんにこう言ってました。

いや、無根拠だけど、無責任ではない。

こう言うのは、許すとか許されないとか、そういうものじゃないんだ。

ぼくには自信がある。

 

カッコいいっ!

何回読んでも、よく決断したな〜富士夫!って思っちゃいます。

この場合は、葉っぱの先端が富士夫くんの生き方そのものだとか、そういうものになってるんじゃないかと想像しました。

もう、そういうのを掘り起こさないと決められないもんね。

 

終末のフールを読んで、こんな究極的な状況でもしっかりと決断できるような大人になりたいなと思ったのでした。